【親子関係が連鎖した実話 (1) 】ネガティブ感情を浴びて育った「私」

今回は、私がどのように育ってきたのか、
改めて負の部分、内面を書いてみます。

🔳育った環境はネガティブ感情だらけ
母には少し男尊女卑的な考えがあったので
子供のころから

「ミチなんて」

とよく言われていました。

他にもいろいろあったけど
このワードは当たり前のように自分の中にあります。

明らかに見下されていた感覚ですね。
それが普通だったのでおかしいとも思ってませんでした。

もちろん、自己肯定感なんて1ミリも育つわけありません。

🔳母の過去
母も母で祖母にそういう環境で育てられているので
母もそうすることしかできなかったのは
今では理解しています。時代も時代でしたから。

なので、母自身も自己肯定感がとても低くて、
他人の目は気にするし、
自信がないし、
人に何かを伝えるのがとても苦手。

🔳育った環境はネガティブ感情だらけ(続き)
私の子供の頃の話に戻すと、
その他、私の話を聞いてくれることがほとんど
ありませんでした。
全て母の言いなりでした。
そういう雰囲気だったなと思います。

母が不機嫌になったりするので
そんな空気も読んでいました。

具体的なエピソードで言うと・・・

・服は高校生でもほとんど兄のお下がり
・髪型は散髪屋さんに行って刈り上げカット
・中学時代、部活やりたくて話しても一蹴されて
 私は部屋の壁を👊して穴開ける
・家族旅行に行っても1人拗ねて歩いてた
・とにかくよく悔しくて泣いていた
・そんなんだったら、、とよく言われた。
・誰々のせい、、、という会話が多い

こんなのが日常でした。

🔳そんな中でもあった親子関係
そんな中でも、やっぱり母に愛されたかったんだな
という思い出があります。

中高時代は週に何回かお弁当を作ってもらっていました。
それで、私は自分のお弁当のおかずは自分で詰めたり、
卵料理だけは自分で作ったり、
そんなことが好きで自ら進んでやってました。

ある日、ひとこと母に言われたんです。
「ミチってお弁当詰めたりするの好きだね」

この言葉には何の感情ものってなくて、
多分、素朴に言ってくれた言葉でした。

その時、私は「あ、そうなのかな?」と
「そうかも?」と思ったのも覚えてます。

そういう言葉がとても響くんですよね。

母はよく手の込んだ手料理を一生懸命作ってくれる母で、
私はよくそんな母の手伝いを横でしてました。
コロッケの日は一緒にした方が楽なのは分かってるので
当然手伝う。
こういうこともおそらく母の言葉も影響してるんだろうな~と
思います。

そして、子供だった私は、
けちょんけちょんに言われても、
母に愛されることを願ってたんだなって。


次の記事では、
こんな風に育った「私」がどうなっていくのか続編を書きますね。
もう、波乱万丈です。

どれだけ、子供の感情を大切に扱うか、が大切なのかを
今のお父さんお母さんに気付いてほしいなと思います。

~~~~~~~~~
ここまで読んでくださってありがとうございます!

中学受験や不登校、子育てのことで、
「頭では分かっているのに、心がついていかない…」と感じていたら、
一度、今の状況をじっくり聞かせてください。

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